(画像をクリックすると、大きくなります) << 金華山御獄神社−→岐阜城資料館 >> ● 岐阜城資料館へ向かいます。 ● 標識(↓鼻高ハイキングコース めい想の小径/岐阜公園へ2300m→) めい想の小径(家族向き) ここから下るのを昔は、水の手道といいました。 途中一部に難所はありますが、長良川の清流を望むことが出来る眺望の良い登山道で、30・40 分で岐阜公園三重塔付近へ下りられるのでめい想の小径として登山者に大変親しまれています 慶長5年(1600)8月関ヶ原合戦の前哨戦の時、東軍の先鋒池田輝政軍が攻め登ったのもこの水 の手道といわれています。 岐阜市 義父森林管理署 ● 金華山御獄神社 ● 岐阜城資料館 岐阜城天守閣から東の一段下がった位置に20間(36m)X6間(10.8m)の郭があり、米や塩・味噌を 蓄えておく蔵と弓矢を備えた倉が建っていたと考えられている。 昭和50年(1975)4月、岐阜市民の浄財により瓦葺き・白壁造り・2階建の隅櫓形式に復元した資料 館を建設した。 天守閣とともに江戸時代以前の歴史資料を所蔵・展示している。 岐阜市 * (武将の子供達が乗って遊んだ子馬/江戸時代中期作) *和時計(江戸時代初期) ・尾張藩御時計師 津田助左衛門政之作 ・一挺天府総鉄機械 ・大型櫓時計 平成13年12月21日 岐阜市 千賀耕平氏寄贈 *柿渋染麻地鎖帷子下着 *鎖帷子(江戸時代) *紺糸威鎧(複製) *鎧櫃 *刀(模造品) *黒漆塗陣羽織櫃(江戸時代) *鎖帷子(江戸時代) *陣羽織(江戸時代 丸十に重井桁文朱羅紗地) *鎖鎌(柳生流鎖鎌/柄の末端に鎖を連結するのが特徴) *太政官制札 定 一、人たるもの五倫之道を、正しくすべき事 一、鰥寡・孤独・廃疾のものを憫むべき事 一、人を殺し、家を焼き、財を盗む等之悪業あるまじく事 慶応四年三月 太政官 定 何事によらず、よろしからざる事に大勢申合候を、ととうととなへ、ととうして、しいてねがひ事くわだつるを こうそといひ、あるひハ申合せ、居町居村をたちのき候を、てうさんと申候堅く御法度たり、若右類之儀 これあらバ、早々其筋之役所え申出べし、御ほふび下さるべく事 慶応四年三月 太政官 *さざれ石(産地 揖斐郡春日村) 「君が代」に歌われる”さざれ石” ”さざれ石”とよばれている石は、崩れ落ちた石灰岩の小さなかけら(礫)が積み重なり、雨水な どによって溶けだした石灰分によって再び固められて出来たもので、石灰質角礫岩といいます 大小の礫がセメントで固められたような見かけをしており天然のコンクリートといったところです 石灰岩から出来ている伊吹山(岐阜県と滋賀県の県境)の東西のふもとの地域に見られ、特に 揖斐郡揖斐川町春日・笹又地区の巨大なさされ石は岐阜県の天然記念物に指定されています (画像をクリックすると、大きくなります) ● (入口へ) ● |