(1)総門(勅使門)

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  ● 総門(勅使門) 東京都重要文化財
       山門の前方で道路に面した四脚門である。
       造作に菊の御紋を彫り込んで勅使門としえの風格wp具えている。
       勅使参向、住持人参並びに年一度の開山忌にのみ此の門を開いて開山巡道の行列が通る。


                    



                              



                  




                          



      境内側から見た勅使門


                  



                   



      勅使門から山門に向かいます。


               



      山門手前を左へ入る道の先に鳥居があります。


                  



  ● 八幡堂
      鳥居の奥に赤い祠の八幡堂があります。


                             



  ● 木立ちの中に三体のお地蔵様が。
       一番左側の石仏が「イボ取り地蔵 廣園寺七不思議」
       木札「蟲塚(虫)」は、
          「コロナウィルス退散を祈る 令和3年8月1日 廣園寺」 と書かれています。


             



  ● 総門
      右石碑「山田本坊 廣園禅寺」
      左石碑「都重宝 廣園寺総門山門仏殿鐘楼」「都史跡 廣園寺境域」


                        


  ● 東京都指定史跡 広園寺境域
              所在地 八王子市山田町一五七七   指 定 昭和三四年二月二一日
        広園寺は、康応二年(一三九〇)大江備中守師親が、峻翁令山和尚を請じて開創したと伝えられ
        ますが、火災等により文献が消失しているため明らかではありません。
        幾度かの火災や復興を経ましたが、天正十八年(一五九〇)、豊臣秀吉の小田原攻めに際し兵
        火にかかり諸堂が消失しました。
        江戸時代初期には幕府の庇護のもと、京都南禅寺派の禅宗寺院として発展し、七堂伽藍が整備
        されます。
        今日多くの塔頭等は失われているものの、広園寺の伽藍配置は踏襲されています。
        元禄十年(一六八七)及び寛政四年(一七九二)の火災で荒廃しましたが、文化から天保年間に
        かけて現在の堂宇のほとんどが再建されました。
        丘陵を背に南面し、総門・山門・仏殿が南北の一直線上にあり、中間東方に鐘楼があります。
        背後には石垣をもって一段高く本堂・庫裏・開山堂が東西に接続しています。
        江戸時代後期の建築物(総門・山門・仏殿・鐘楼が都有形文化財)を含む禅宗寺院様式の伽藍
        配置が良く残っています。
              平成二二年三月    建設東京都教育委員会


                               



                  


  ● 参道


                              



      参道の左側に山門がみえます。


               



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                                ● (入口へ) ●


   

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