(大崎八幡宮HPからお借りしました) (画像をクリックすると、大きくなります) |
<< 一之鳥居→二之鳥居→旧四ツ谷用水→大日堂→大石段→三之鳥居→石絵馬 >> ● 一之鳥居 ● 二之鳥居 宮城県指定有形文化財 寛文8年(1668)4代藩主伊達綱村公により寄進されたもので、旧領であった東山郷(現岩手県一関 市東山町)より産出した御影石が使用されている。 柱裏側の銘文は備臣内藤閑斎によるもので虎岩道説により刻された。 昭和63年に御鎮座380年記念事業として国道48号線に面して一之鳥居が建てられた事から二之 鳥居と称されるようになった。 ● 旧四ツ谷用水 (詳しくは前項に記載) 四ツ谷用水水路整備イメージ図 ここ大崎八幡宮の太鼓橋直下を流れていた旧四ツ谷用水は、藩政時代から昭和にかけて仙台 市内に網の目のように配置され、生活用水、防火用水等に利用され、水の豊富な街並みを形成 し「水と杜の都仙臺」を支えていたものです。 しかしながら急速な都市化の発展により、そのほとんどは暗渠化が図られ、かつての「水と杜の 都」を形成していた水環境はなくなりました。 このことから、今後の仙台圏域の水環境のあり方について、地域の方々と共に、環境・防災等 の面から調査・研究を重ねた結果、地域の良好な水環境づくりのために、かつて旧四ツ谷用水 が流れていた、ここ大崎八幡宮の入り口太鼓橋地点に、左図のような「四ツ谷用水路」を整備 することを提案するために、そのイメージ図を掲示することとしたものです。 (仙台圏域の健全な水環境調査研究会) ● 大日堂 ● 大石段 仙台市登録有形文化財 慶長12年(1607)の大崎八幡宮創建時からのものとされる緊張感のある急勾配のなかにも均衡の とれた石段で98段とも100段とも言われる。 昭和10年4月に発起人清野甲二氏を始め160名の有志により手摺が寄進され現在の様相となった * (右2枚/振り返ると・・・) ● 三之鳥居 享保3年(1718)5代藩主伊達吉村公により寄進されたもので、篇額の「八幡宮」の三文字は藩主・ 吉村公自身の揮毫である。 その後幾度か建替・修復がなされたが、篇額の文字は建造当時のものであり、「八幡宮」の三文 字の周囲は伊達家の家紋である「日の丸」「竹に雀」「丸の内に三ッ引両」「九曜」「蟹牡丹」「竜胆 車」の六紋の装飾紋で飾られている。 平成16年に御鎮座400年記念事業の一環として漆塗修復がなされた。 ● 石絵馬 大正14年、元寺小路在住の吉田つぎ氏(現聖和学園創始者)により神馬の銅像を奉納されたが、先 の大戦での金属供出により撤去に遭い台座のみであった。 昭和30年4月、皇太子殿下(現今生陛下)御成婚の記念事業として神馬の姿を刻した碑を建立したも ので、「石絵馬」と呼ばれている。 この碑は永く長床前にあったが、社殿保存修理事業の計画に伴い平成11年に現在地に移設された (画像をクリックすると、大きくなります) ● (入口へ) ● |