(3)旧燈明寺本堂→待春軒

                    


    * (26 夕日ヶ岡と稲荷社)・・・・(25 皇大神宮から楠公社への道)・・・(24 皇大神宮)


       (22 待春軒)・・・(21 月影の茶屋)・・・(23待春軒より横笛庵、六角堂を望む)


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           −→(23)待春軒より横笛庵、六角堂を望む−→大漁地蔵−→(21)月影の茶屋 >>


  ● 突き当たりを右折し「旧燈明寺本堂」を通過し、天満宮方面へ
       右側に「26夕日ヶ岡と稲荷社」・「25皇大神宮から楠公社への道」があります。

                  


  ● (26)夕日ヶ岡と稲荷社
       夕日の射す時刻に美しいながめが見られることからの名であろうか。
       山の斜面の中腹には稲荷社の鳥居が見える。
       稲荷社は、由緒など不明で空襲により消失したのか、現存しない。

                  


  ● (25)皇大神宮から楠公社への道
       園路らにベンチ2基が置かれ、その背後の山すそにはススキやノギクなどが咲き乱れる。
       季節は秋である。
       山溪園の秋草は、遠く群馬県高崎から取り寄せられたもので、見ごろの季節にはこの風情を味わい
       に訪れる来園者の少なくなかった。
       ベンチの脚のデザインされた”丸に花菱”は原家の家紋である。

                  


  ● 旧燈明寺本堂(重要文化財)
       燈明寺は現在廃寺となっていますが近年まで京都府相楽郡加茂町に所在した日蓮宗の寺院です。
       寺伝によりますと聖武天皇の勅願によって天平7年(735)に開創されたといわれています。
       この建物は、様式上、室町時代初期に建てられたものと推定されます。
       昭和22年の台風で被害を受けた後解体し保存されていましたが、昭和62年(1987)に三溪園の移築
       されました。

                      


                  


                  


                  


    * (正面左側)・・・(正面右側)

                


    * (本堂裏側)

                                 


  ● (24)皇大神宮
       寒月庵(No13)、待春軒(No22)とともに栃木県大オ製紙場内から移された建物。
       三溪園は、梅・桜のほかに秋草の名所としても知られ、秋にはこの皇大神宮の石段の上からフヨウや
       オミナイシ、ハギ、ススキなどの花野が眼下一面に眺められたという。
       昭和20(1945)年、空襲の爆撃により消失。
       現在、鳥居や石段・灯篭の一部が残るのみである。

                          


                  


  ● 淡墨桜
       散りぎわに淡い墨色を帯びることから、淡墨桜といわれる。
       国指定天然記念物である岐阜県根尾村淡墨桜の種子から育てた苗木を植樹した。
       継體天皇のお手植えともいわれる。       寄贈 岐阜県根尾村

                     


  ● (22)待春軒
        寒月庵(No13)と同じく、もと江戸の豪商 川村伝左衛門(迂叟)が所有していたもので、栃木県大オ製
        糸場内から移された建物。
        場内にあった明治12(1879)年には、アメリカ合衆国第18代大統領を務めたユリシーズ・S・蔵ト(1822
        −1885)が日光滞在中のある日ここに遊び、昼食をとったという。
        三溪園に移築後、この建物には”御やすみ、お茶御随意 待春軒”という案内書きがつけらあれ、初
        音茶屋(No14)と同じ湯茶の接待を行っていたほか、さらには句会・歌会や茶会などの席としても場所
        を提供していたようである。

     (23)待春軒より横笛庵、六角堂を望む

             


                      


                          


  ● 大漁地蔵

                          


  ● 旧矢箆原家住宅向かうと、右側に「横笛庵」がみえます。

    * (横笛庵)

                  


  ● 月影の茶屋跡 (旧矢箆原家住宅手前)
       (21)月影の茶屋
          屋根は杉皮葺きであろうか、隣接した田舎家の風情にあわせた簡素な建物である。
          詳細は不明であるが、園遊会などの際に茶の接待などに用いられたものと考えられる。
          明治41(1908)年の新聞(横浜貿易新報)記事によれば障子に”白露の里 月影の茶屋”と記され
          ているとある。
          今までこの月影の茶屋も田舎家もその姿はなくなってしまったが、周辺の山里の風情は変わら
          ずに漂っている。

             



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                               ● (入口へ) ●

 

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