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<< 金堂−→明王殿−→密厳堂−→大師堂 >> ● 金堂 一、寺院の中心となるお堂で、本尊を安置する。 智積院では金堂にて様々な法要を執り行う。 一、現在の金堂は明治15年(1882)昔の金堂が焼失したために宗祖弘法大師空海の生誕1200年の 記念事業として昭和50年(1975)に建立。 本尊は大日如来で、西村公朝師の指導により藤原様式で造られた尊像である。 ● 明王殿 昭和22年(1947)の火災により仮本堂であった方丈殿が焼失した際に、明治15年に焼失した本堂の 再建のため、京都四条寺町にある浄土宗の名刹、大雲院の本堂の譲渡を受け、現在の講堂のある 場所に移築した建物です。 平成4年(1992)に、講堂再建にともなって現在の場所に移築。 ご本尊は不動明王様で、明王殿は不動堂とも呼ばれます。 * 左側 * 密厳堂方面へ ● 密厳堂 智積院第七世運敞僧正が末寺・学侶に寄付を募り、寛文7年(1667)に建立したものです。 真言宗中興の祖、興教大師覚鑁のご尊像を安置しています。 正面に寛文12年(1672)運敞僧正自筆の「密厳堂」の額が掲げられています。 * ここから撮りました。 ● 大師堂 一、建立年代 寛政元年(世紀1789年)当山第24世胎通僧正(西暦1720年1798年)の時、落成。 六間六間半・坪数48坪。 一、大師堂は、真言宗宗祖弘法大師空海(西紀774年835年)のご尊像をまつる。 大師は31才遠く中国に渡り恵果和上より真言密教を相承帰国してのち高野山を開創し、又 東寺を賜って真言宗の根本道場とした。 又その御一生は日本文化の発展に貢献し、教育・思想・美術工芸・書道・土木等・国家の繁 栄国民福祉に特筆すべき足蹟をのこされた。 承和2年3月21日62才をもって高野山に入定された。 * 大師像 (大師堂の左側) * 稚児大師像 (大師堂の右側) (画像をクリックすると、大きくなります) ● (入口へ) ● |