旧豊原中学校の教室(2)

  ● 樺太の町 ●
                       


     ● 豊原(トヨハラ)市
          樺太の南部、西樺太山脈と鈴谷山脈との低地帯鈴谷平原の中央部に位置する樺太の首都で
          昭和12年7月市制が施かれた。
          露領時代にはウラジミーロフカと称し、いわゆる田舎の地であったが、今は樺太における経済・
          交通及び文化の中心地で北国の美都である。
          街は鈴谷川の上流に沿い、整然としたたたずまいで人口も本島第一で三万五千余である。

                      


     ● 本斗(ホント)町
          西海岸における北海道からの最路路に当る港で、また西海岸線鉄道の起点である。
          ここは潮流の関係で極寒の季節も海水凍結することなく、純粋の不凍港として知られている。
          近海は鱈その他の魚族多く、海馬島水産物の集散地であり、かつ背後に林産地を控え、最近
          開発された内幌炭坑も近くにあって有望視されているので商況も賑わっている。

     ● 敷香(シスカ)町
          幌内川流域一帯の木材及び毛皮の集散地として市況活発である。
          特に最近は人絹パルプ工場の建設により、更に興隆の機運に輝いている。
          国際河川として樺太アマゾンと言われ、また水郷の情趣に富む幌内川を発動機船にて渡れば
          そこに落葉松や白樺茂る「オタス」の森がある。
          ここは見渡す限りツンドラ地帯に灌木茂って自然の公園的風致を見せて居るところでオロッコ、
          ツングースその他の旧土人が樺太庁の保護のもとに安らかな生活を営んで居る。

                    


     ● 大泊(オオトマリ)町
          樺太の関門で、亜庭湾頭の千歳湾東端に臨んでいる。
          樺太庁鉄道東海岸線の起点に当たり、海陸交通の要であり、本島物産の出入り港として本島
          第一の海港都市であるが冬季海面結氷する憾がある。
          市街は海岸の神楽岡を巡って半円形を描き北部楠渓町は住宅・官庁区、南部本町・栄町は繁
          華な商業区となっている。
          大泊は露領時代には政庁所在地であったところで、日本領有後首都は中央の豊原に移転した
          が、市況繁盛で人口3万200人余で、王子製紙会社パルプ工場・東洋養狐場・樺太寒天会社工
          場等がある。

          


     ● 泊居(トマリオル)町
          泊居川に位置し、西海岸最北の不凍結港として海陸交通の要地となっている。
          王子製紙会社のパルプ大工場があり、附近は農耕地としても最近発達し、近海の鮭・鱒・昆布
          蟹などの水産業もまた盛んである。
     ● 元泊(モトトマリ)村
          領有前から有数の魚場として今日に至ったところで海岸唯一の天然港として船舶の出入り多く
          鰊・鮭・鱒などの漁獲が多い。

                                


  ● 樺太の産業 ●
          樺太の開拓は沿海の漁業(鮭・鱒・鰊)にはじまり、次いで針葉樹の利用で、パルプ製紙工業が
          盛大を極めるが、現在は原料が不足しはじめ、樺太の産業も鉱業や農業に移行していくという
          過渡期に当っている。
          工業は製紙パルプ、缶詰を主とし、水産業は鰊(亜庭湾)鮭・鱒(東海岸)鱈(真岡以南)蟹(真岡)
          昆布(東海岸)の漁獲及び加工が盛んで、オットセイ(海豹島)アシカ(海馬島)の特産もある。
          また、クロテンなどの毛皮を生産する。
          鉱業は石炭の埋蔵量が多いがその採掘は未だ進んでいない。
          農業は気候上余り振るわないが、西能登呂半島あたりでは、麦類・根菜類・豆類・馬鈴薯等が
          栽培されている。

                


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