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<< 梅林 茶処てんてん−→顕徳碑−→孝林道人詩碑−→うたた句碑−→ −→山口瞳文学碑−→有栖川宮威仁親王殿下台臨記念碑−→ −→わが国初の自動車「遠乗会」100周年−→東屋−→弁天社−→ −→和魂漢才の碑−→第六天神社−→清原元輔歌碑−→ −→奉納 覆屋並参道敷石一式−→競技場改修記念碑−→参集殿−→駐車場 >> ● 梅林 約350本の紅梅白梅の梅林があり、「梅まつり」が2月下旬〜3月上旬あたりに開催されます。 ● 茶処てんてん 1月から3月の梅の開花時期は晴れの日は毎日オープンしています。 4月〜12月は土・日、祝日の晴天日のみ営業となります。 ![]() ![]() ● 顕徳碑 (梅林入口 茶処てんてん右側) 府中商人組合谷保支部幹部の顕徳碑で、趣旨と芳名が彫られ、昭和11(1936)年建立。 ![]() ![]() ● 石碑 ![]() ![]() ![]() ● 孝林道人詩碑 (梅林の中央手前) ![]() ![]() ![]() ![]() ● うたた句碑 ![]() ![]() ![]() ● 山口瞳文学碑 毎年梅の咲く頃に、知人と宴を催した場所に、平成9(1997)年に関頑亨が世話人となり、関敏が 制作しました。 台座の地に根ざした不動の山と将来を見通せる窓としての目を表現しています。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ● 有栖川宮威仁親王殿下台臨記念碑 明治41年8月1日に、宮様ご先導による「遠乗会」と称されたわが国初のドライブツアーが谷保天満宮 を目的地として開催された証です。 宮様御一行は拝殿に昇殿参拝の後、帰途に就かれ、故障や事故もなく無事に東京に戻られました。 ![]() ![]() ![]() ● わが国初の自動車「遠乗会」100周年 今から100年前の、明治41年8月1日に「自動車の宮様」と称された有栖川宮威仁親王殿下の自動 車乗用御奨励のお志しに基づき企画された、わが国初の「遠乗会」(ドライブツアー)の目的地は、谷 保天満宮でした。 天満宮の梅林における食事会の席上、わが国初の自動車倶楽部が設立され、また「日本の自動車 の将来について」語り合われました。 宮様ご御一行は、天満宮の拝殿に昇殿参拝された後、整備も不十分な道を故障や事故もなく無事 に帰途に就かれました。交通安全祈願発祥の地たる所以です。 その時の写真と新聞記事が幸いにも残っておりますのでご覧下さい。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ● 東屋 ![]() ![]() ● 弁天社 ![]() ![]() ![]() ● 和魂漢才の碑 菅公1075年大祭奉賀事業の1つとして、昭和52(1977)年に建立されました。 碑文の「和魂漢才」は菅原道真の裔孫で太宰府天満宮宮司の西高辻信貞氏の揮毫です。 五角形の台石には、菅公御遺戒が彫られています。 ![]() ![]() ![]() ![]() ● 第六天神社 (天神坂上の梅林北方 参集殿の左) 祠祭神 面足尊(おもたるのみこと) 煌根尊(かしこねみこと)の二神 古事記に出てくる神代の第六番目の神であることから第六天神の名があります。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ● 清原元輔歌碑 (第六天神社左側) 「わが宿の千世のか わ竹ふし遠みさも行く末の遥なるかな」 清原元輔は三十六歌仙(平安時代の和歌の名人36人)の一人で、藤原定家の「百人一首」にも選ば れています。 肥後守で、清少納言の父でもあります。 ![]() ![]() ![]() ● 奉納 覆屋並参道敷石一式 (第六天神社右側) ![]() ![]() ● 競技場改修記念碑 (覆屋並参道敷石一式碑右側) かって梅林が下谷保青年団の陸上競技場であった頃のものです。 昭和11(1936)年に建立。 ![]() ![]() ● 参集殿 (一の鳥居左 駐車場前) ![]() ![]() ![]() ● 駐車場 (一の鳥居左 参集殿前) ![]() ![]() ![]() (画像をクリックすると大きくなります) ● (入口へ) ● |