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一間ごとに柱が立ち、天守全体の重みを支える構造となっています。 入側(いりかわ)柱より内側は床が一段高くなっており、その柱間は、いずれも京間寸法(6尺5寸= 約1.97m)で、東西に7間、南北に6間あります。 多くの柱に小さな穴が残っていて、このことから、柱の間は壁だったことがうかがえます。 この小舞(こまい)穴の痕跡から考えますと、中央に十文字の通路があり、2間×3間の部屋が4室あ ったことになります。 このような間取りから想像すると、天守一階は、食料や弾薬などの倉庫であったと思われます。 ● 武者走 (むしゃばしり) 天守一階の周辺一間(いっけん)通りは、内側の床より50cm低くなっています。 これを入側(いりかわ)または武者走(むしゃばしり)と呼びます。 戦時のとき、武士が矢玉を持ってここを走るので、その名がついたといわれています。 武者走の外側の柱列をよく見ると、曲線を描いているのがわかりますが、これは下の天守台石垣の 天端の線が糸まき状曲線に仕上げてあるためです。 この影響は二階にもおよんでいる。 ● 鯱真木(しゃちまき) この鯱真木は、昭和の修理の際、新しい真木と取り替えられたもので、「天保14年(1843)4月取替」と 墨書されている。 長さは190cmで大棟下の棟木に取り付けられ、その先端80cmが鯱の中に入っていた。 ● 石落(いしおとし) 天守一階の四隅に壁から張り出して下方に開口(常は蓋をする)する構造を石落と呼ぶ。 これは石垣をよじ登ってくる敵に対して石を落としたり、弓や鉄砲をうって撃退する装置である。 松本城では四隅のほか天守一階の中央や乾小天守・渡櫓にも石落が設けられていて、他城に比べて その数が多い。 (11箇所) ● 壁の構造 天守の壁は、各階とも外壁は塗りごめの「大壁」、内壁は柱の見える「真壁」である。 下地には、径1.5〜3.0cmのサクラ、カエデ、リョウブなどの細丸太(こまい材)が用いられている。 壁の厚さは1・2階で28.8〜29.4cmあり、上の階ほど薄くなっているが火縄銃の弾は通さない。 この壁は、昭和の修理の際、保存のために一部切り取った創建当時の2階の壁である。 ● 矢狭間 矢狭間は立って攻撃をするため割合高い位置に多く、穴の形はほぼ例外なく縦長の長方形となって います。 *(右画像/竪格子窓) ● 天守大棟の鯱 鯱は、頭は竜または虎に似ていて、背には鋭いとげを持つ海魚の形をした想像上の動物です。 大海の水を飲みほし、非常の場合には、これを吐き出して身を守ると言われています。 火災よけのまじないとして天守などの大棟にあげられ、棟飾りに使われています。 ここに展示してある鯱は、昭和の修理の際に新しい鯱と取り替えられたもので、高さは127cm(雄)と 124cm(雌)です。 ● 天守の土台支持柱 天守の土台は、天守台の中に埋め立てられた16本の土台支持柱によって支えられていたことが昭 和の修理でわかった。 支持柱は下図のように土台の入側通りに12本、中央部に4本が、碁盤目状に立てられていた。 支持柱はすべてツガ材で、径36.3cm〜39.3cm、長さはおよそ5mあり、その下端は地盤に達し上端 は土台に「ほぞ差し」になっていた。 この土台支持柱は、北側東より2本目の柱の一部である。 ● 懸魚芯材 松本城天守の千鳥破風と入母屋破風には「かぶら懸魚」を取り付けてある。 この懸魚芯材は、辰巳附櫓のものである。 材はヒノキで創建当時のものと推定される。 芯材の下げ苧(麻)を細かく釘止めしてから、白漆喰を塗り重ねて仕上げる。 上部の「六葉」と「樽の口」は黒漆塗りである。 ● 天守二階へ階段を上ります。 (画像をクリックすると、大きくなります) ● (入口へ) ● |