![]() ![]() |
|||
9:00-------------9:04--------9:07---------9:19--------9:27------- −だんごどう−−じゅうやっくぼ−−だいこくのお−−あんまがえし−−やまのかみ− ----9:30----------9:36----------9:38-----------9:42----------9:44---- −−くろもん−−分岐(ケーブル駅)−−分岐(御嶽神社)−−−−御嶽神社−−− -----9:48-----------9:50-------------9:57------------10:01-10:50----- −分岐(ケーブル駅)−−−−御岳駅−−−(ケーブルカー)−ーー滝本駅 ------10:57------------11:03-11:15----------------------11:21 所要時間(休憩は含みません) 登り・・滝本駅〜武蔵御嶽神社・・61分 下り・・武蔵御嶽神社〜御岳駅・・16分 御岳駅〜滝本駅・・6分 (画像をクリックすると、大きくなります) |
|||
駅の前に大きな鳥居が建っていて、”武蔵御嶽神社参道” です。 * (滝本駅)・・・(駐車場) ![]() ![]() * (武蔵御嶽神社参道) ![]() ![]() 滝本の大杉(市指定 天然記念物) 参道の杉並木のうち最大のものである。 青梅市には、このほか東京都指定天然記念物の杉の大樹が安楽寺と塩船観音寺にあ るが、ここのはそれに次ぐものである。 乗り物の便がなかった頃、ここまでやっとたどり着いた御岳道者たちが落ちる滝水をうち 眺めつつ一息入れるのは、いつもこの木の所であった 和名 スギ科スギ 幹の太さ 570センチメートル 昭和43年11月3日 指定 青梅市教育委員会 杉並木1号大杉 1番 青梅市天然記念物 樹齢 推定 350年 江戸初期 樹高・・45米 目通り・・6.1米 ![]() ![]() ![]() 市天然記念物 参道の杉並木 滝本から山頂まで26丁(4KM余)の参道は、江戸時代初期に整備されたものと伝えられ 両側に並んでそびえ立つ杉の巨木は、御嶽神社に参拝する人々に霊山の荘厳さを感じ させている。 年間の雨量が多く多湿で肥沃な奥多摩の地形と地質は、杉の生育に最適であり各地に 美林が多いが、このように巨木が群れをなしている所は少ない。 幹回りが約6メートル、樹齢300年以上と推定されるものもあり、その総数は600本以上を 数える。 植物名 スギ科スギ 昭和43年11月3日 指定 青梅市教育委員会 御岳山名木巡り 2番 神代銀杏 樹齢 推定 500年 室町時代 樹高・・45米 目通り・・5.3米 ![]() ![]() ![]() |
|||
9:04 |
スギの木に 700番台から番号が付いていて、次第に数字が減っていくので張り合いがあります。 一般車は入れないのですが、上から黄色いランプをつけた車が時々下ってきます。 ●ろくろっ首 道(旧道)を眺めてみてください。 くねくね・うねうね曲がり道、何みたいですか? 大蛇? ミミズ? 酔っぱらい? 昔の人は、この場所を”ろくろっ首”を呼びました。 ![]() ![]() ![]() |
||
ここは馬を立てておく(休憩させておく)場所であったようです。 電車も車などもない時代、人の旅は歩くのがほとんどでしたが、荷物の運搬には”馬” が使われていました。 ケーブルカー開通(昭和10年)以前、御岳山には人間のみならず馬も登山をしていました。 ![]() ![]() ![]() ここには石碑(頂上御本社迄 廿八丁)が建っています。 ![]() ![]() |
|||
ふもとから、くねくね道が続いてきましたが、この辺りは大きくゆるやかに曲がり道が続 きます。 この”大きなまがり”の区間は、約300Mあります。 ![]() ![]() ![]() |
|||
”大黒の尾根”が、こう呼ばれるようになったようです。 見晴がいい尾根伝いを歩けば、道に迷うことは少なかったでしょう。 ![]() ![]() ![]() |
|||
この辺りは、少しだけ下り坂になっています。(気がつきましたか?) かつて盲目のあんま師が、 ”ここが頂上だ”と勘違いをして引き返してしまった。” という言い伝えがあり、 ”あんま返し” と呼ばれるようになりました。 (みなさんは、引き返さないでくださいね) ![]() ![]() ![]() |
|||
ここらでちょっと一休み。 昔ここに”なかみせ”というお茶屋がありました。 ここは滝本駅から御師集落入り口まで(約1.8KM)のちょうど中間地点にあたります。 ![]() ![]() ![]() ケーブルカーの下をくぐります。 ![]() ![]() |
|||
昔はここにお堂があり、あちらのお地蔵さん(八大地蔵)が安置されていました。 昔の人は、このお堂を”団子堂・だんごどう”と呼んでいました。 お地蔵さんは、今も昔もここを通る人の道中の安全を願いながら微笑んでいます。 ![]() ![]() ![]() 少しいくと、左側に石碑(関東ふれあいの道)があります。 ![]() ![]() |
|||
この辺りは、じゅう薬(ドクダミ)が沢山生えていた窪地だったため、こう呼ばれました。 ドクダミは、食べてはげ熱・げ毒によく、ぬっては虫刺され・虫よけに、せんじてのめば カゼや便秘に効く”丁薬・重薬”と書かれるように、薬草として大切にされてきました。 きっと旅には欠かせなかったでしょうね。 ![]() ![]() ![]() |
|||
”大黒の尾根”が、こう呼ばれるようになったようです。 見晴がいい尾根伝いを歩けば、道に迷うことは少なかったでしょう。 ![]() ![]() ![]() |
|||
この辺りは、少しだけ下り坂になっています。(気がつきましたか?) かつて盲目のあんま師が、 ”ここが頂上だ”と勘違いをして引き返してしまった。” という言い伝えがあり、 ”あんま返し” と呼ばれるようになりました。 (みなさんは、引き返さないでくださいね) ![]() ![]() ![]() |
|||
ここには”山ノ神”がまつられています。 昔の人は、ここを”山の上の世界”と”ふもとの世間”の境界と考えていたようです。 神様をおまつりし、境界の内側に災いや病気が入ってこないように祈りました。 ![]() ![]() ![]() |
|||
ここは神社の御師集落の出入り口です。 かつてはここに”黒い門”がありました。 登山の方へ ようこそ、ごゆっくり 下山する方へ お気をつけて、またどうぞ ![]() ![]() ![]() |
|||
* (御岳山方面)・・・(ケーブルカー駅方面) ![]() ![]() ![]() 左手を行くと、 右側に御岳ビジターセンターがあります。 ![]() ![]() |
|||
直進すると”日の出山 2.1KM”です。 ![]() ![]() ![]() 右側に ”神代ケヤキ” があります。 御岳山名木巡り 国の天然記念物 神代欅 樹齢推定 1千年 平安時代 樹高 30米 目通り 8.2米 日本武尊(やまとたけるのみこと)東征の頃からあるという、推定樹齢1000年のケヤ キです。 樹高約23m、幹周約8.2mもの大木は、御嶽神社の御神木になっています。 昭和3年(1928年)に、国の天然記念物に指定。 東京のケヤキとしては2番目に太く、また樹齢ではもっとも古い部類に入るもので国 の天然記念物に指定されています。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
|||
鳥居の手前の左側に、手水舎があります。 * (土産屋や食事処)・・・(手水舎) ![]() ![]() ![]() |
|||
明治維新により御嶽神社の社号となり、昭和27年(1952)に武蔵御嶽神社と改名されました。 ![]() ![]() 階段を登っていくと ”随身門” になります。 随身(ずいしん)門は、寺院における仁王門のように、神の身辺を守る一対の随身の像 を安置した楼門です。 ![]() ![]() ![]() |
|||
続いているようです。 左手に ”小説 大菩薩峠記念碑” があります。 大菩薩峠記念碑 中里介山作の小説”大菩薩峠”は、武蔵御嶽神社広場で行われた机竜之介と宇津木 文之丞の剣道試合を発端にくり広げられた大河小説である。 介山は、当神社にある慶応三年(1867)奉納の開平三知流の武術額にヒントを得て ”大菩薩峠”の構想を練ったといわれている。 この大作を讃えて、東京作家クラブの人達を中心に建碑したものである。 平成三年三月三十日 青梅市教育委員会 以前登った”大菩薩嶺”を思い出しました。 ![]() ![]() ![]() またここは海抜879メートルで、霧乃御坂との碑もあります。 * (海抜879メートル)・・・(霧乃御坂) ![]() ![]() |
|||
![]() ![]() ![]() |
|||
そのまま階段を登っていくと鳥居があり、くぐると右側に ”宝物殿” があります。 宝物殿 日本三大鎧のひとつ赤糸威大鎧(あかいとおどしおおよろい) 国宝)をはじめ、国宝級 の鎧や太刀などが展示されています。 * (女坂)・・・(階段)・・・(宝物殿) ![]() ![]() ![]() |
|||
武蔵御嶽神社 神明造の本殿と権現造の拝殿・幣殿が標高929mの御岳山・山頂に建っています。 紀元前90年、崇神天皇の時代に創建されたと伝えられています。 山岳信仰の興隆とともに鎌倉の有力な武将たちの信仰を集め、厄除け・延命・長寿・ 子孫繁栄を願う多くの人達の参拝によって栄えました。 歴史を今に伝える祭儀・行事も多くとり行われ、観光客や参拝客で一年中賑わう関東 随一の霊場です。 ![]() ![]() ![]() |
|||
御岳神社旧本殿現本殿は、神明造りで明治10年(1877)に造花替されました。 旧本殿は、常盤堅盤社です。 本殿建築として、室町時代の規模を有し、都内においてほとんど唯一ものであり、昭和23 年4月重要美術品に認定されました。 * (御岳神社旧本殿)・・・(神山霊土歌碑) ![]() ![]() ![]() ”神山霊土歌碑” の標識があります。 神山霊土歌碑 御嶽神社の土(山砂)を持ち帰ってそれを田畑に撒くと、土の霊力によって虫の害を 防ぐ事が出来るという信仰が今でも残っています。 この信仰に基づいて、碑の題を明治政府の参議、外務卿を務めた副島種臣が書き、 幕末から明治時代の国文学者、歌人で本居宣長の曾孫にあたるも本居豊穎(とよ かい)の長歌および短歌(反歌)を幕末から明治時代の政治家、書家山岡鉄舟が書 いたものです。 子の碑は神社の玉垣内にあるので、立ち入り禁止ですが、社務所に申し出れば見 学する事ができます。 平成3年3月30日 青梅市教育委員会 ![]() |
|||
10:57 |
参道の土産屋や食事処の中を通り、神代欅を見ながら下っていきます。 分岐を ”ケーブル駅” 方面に行くと、右側に ”日の出山” が良く見えます。 赤い鳥居をくぐると、まもなく ”御岳山駅” が見えてきます。 * (日の出山)・・・(赤い鳥居)・・・(御岳山駅) ![]() ![]() ![]() |
||
11:15 11:21 |
駅構内にも、お土産が売っています。 滝本駅(407.4m)と御岳山駅(831m)を結ぶ標高差423.6mのケーブルカーで、約6分で 御岳山駅まで行けます。 昭和10年(1935)に開通し、関東一の平均勾配22度を登り、”青空号”と”日出号”の2 台のケーブルカーが運行していて、途中ですれ違います。 運行時間 7:30〜18:30 1時間に2〜3便です。 ケーブルカーで下山。 滝本駅(駐車場)到着。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() (全景は、パノラマでご覧ください) (画像をクリックすると、大きくなります) |