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<< 仁王門−→受付−→観音堂−→宝物館 >> ● 仁王門 (残念ながら修理中で 左2枚の画像はパンフレットから) ● 仁王門を入ると、左側に受付があります。 ● 進むと、観音堂があります。 * 坂東19番札所 大谷観音御詠歌 名を聞くも めぐみ大谷の観世音 みちびき給へ 知るも 知らぬも ● 観音堂へ入ります。(境内は撮影禁止) 大谷観音(平安時代) 日本のシルクロードと呼ばれる千手観音像 大谷寺本尊千手観音(高さ4m)は、平安時代(810年)弘法大師の作と伝えられています。 古くから大谷観音と称され、鎌倉時代に坂東19番の霊場となり多くの人々から尊崇されてきました 最初は、岩の面に直接彫刻した表面に赤い朱を塗り、粘土で細かな化粧を施し、更に漆を塗り、一 番表には金箔が押され金色に輝いていました。 最新の研究では、バ―ミヤン石仏との共通点が見られることから、実際はアフガニスタンの僧侶が 彫刻した、日本のシルクロ―ドと考えられています。 千手観音には、千の手と、千の目が有ります。 手のひらにも目があり、いつも私達を見守っています。 そして、たくさんの手で宇宙にある全ての人々、生き物を救ってくださる有り難い観音様です。 お参りの際は、その大きな心を想い、世界の平和と人々の幸せを願い、合わせて感謝の気持ちで 合掌しお参りください。 大谷寺の石仏群 東の磨崖仏と知られる技巧を究める石仏 本尊の千手観音はじめ、脇堂の釈迦三尊・薬師三尊・阿弥陀三尊の合計10躰の石仏は、日本の石 像彫刻中、優秀なる技巧を究めたものとして、昭和29年3月に国の特別史跡に、昭和36年6月には、 重要文化財に指定されました。 西の臼杵磨崖仏(大分県)に対し、東の磨崖仏として知られ、美術的にも優れた貴重な石仏です。 *(左/観音堂入口)・・(中/大谷観音 パンフレットから)・・(右/石仏群 パンフレットから) ● 宝物館(館内は撮影禁止) 当遺跡は約11,000年前縄文時代草創期から、約2,000年前弥生式土器時代に至る、約9,000年の永 きにわたっての住居跡であったことが判明し、大谷寺洞穴(叉は岩陰)遺跡と命名されました。 縄文最古の人骨(約11,000年前) 横臥屈葬の姿が見られるこの人骨は、年令20才前後、身長154cmの男性で、昭和40年4月、 特別史跡、重要文化財大谷磨崖仏防災工事中、お堂下約150cm位の地下より出土したもの で、私たち現日本人のはるかなる祖先の姿を知るのに貴重な資料です。 (画像をクリックすると、大きくなります) ● (入口へ) ● |