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   ● 蘆花恒春園 正門。


                  



   ● 徳富蘆花旧宅  東京都指定史跡
             所在地 世田谷区粕谷 1-20-1    指定 昭和61年3月10日
         徳富蘆花は、肥後国葦北郡水俣村(現在の熊本県水俣市浜2-6-5)に代々惚庄屋を勤めた徳富家
        の三男として明治元年(1868)10月25日(旧暦)に生れた。
        名は健次郎。兄は猪一郎(蘇峰)である。
        明治31年から翌年にかけて「国民新聞」に連載した長編小説「不如帰/ほととぎす」が明治文学の中
        でも有数のベストセラーとなった。
         明治40年(1907)2月27日青山高樹町の借家から、北多摩郡千歳村字粕谷のこの地に転居した。
        トルストイの示唆を受け、自ら「美的百姓」と称して晴耕雨読の生活を送り、大正2年(1913)6年間の生
        活記録を「みみずのたはこと」として出版、大正7年(1918)には自宅を恒春園と名付けた。
         昭和2年(1927)7月伊香保に病気療養のため転地するが、同年9月18日駆けつけた兄蘇峰と会見し
        たその夜に満58歳で死去した。
        墓所は旧宅の東側の雑木林の中にあり、墓碑銘は兄蘇峰の筆による。
         昭和12年(1937)蘆花没後10周年に際し愛子夫人から建物とその敷地及び蘆花の遺品のすべてが
        当時の東京市に寄付され、翌年2月27日「東京市蘆花恒春園」として開園した。
         この旧宅は、母屋、梅花書屋、秋水書院の三棟の茅葺き家屋からなり、これらは渡り廊下によって
        連結されている。
        「美的百姓」として生きた蘆花の20年間にわたる文筆活動の拠点であり、主要な建物は旧態をよくと
        どめている。         平成14年3月29日   東京都教育委員会


                         



   ● 東京都立蘆花恒春園
        蘆花、徳冨健次郎がこの武蔵野の粕谷の里に移り住んだのは明治40年2月27日、彼が40歳の春
       であった。
       以後彼は、雑木林にかこまれた自然の中で田園生活を楽しみ、数々の名著を残し、昭和2年9月18日
       療養先の伊香保の地で永遠の眠りについた。
       蘆花の遺骸は、邸前のクヌギ林内に埋葬され、昭和12年6月14日愛子夫人より遺邸のすべてが当時
       の東京市に公園として寄付された。
       市は文豪の生活を偲ぶ記念の地として、蘆花恒春園と名付け一般に公開してきた。
       昭和61年3月10日邸地を当時の姿に復元・保存し永久に子孫に伝えていくために「東京都指定史跡」
       に指定され、現在に至っている。


             



   ● サービスセンター


                      



   ● 蘆花記念館


                  



   ● 竹林
        モウソウチク(孟宗竹)
            原産地    中国 江戸時代に渡来
            形 態     日本にある竹の中で最も大きい。筍は食用になる。
                     成長が早く、1日1m以上伸びることもある。
                     およそ3ヶ月で生長を遂げ、その後はほとんど生長しない。
             花      めったに咲かないが、一度開花すると枯死する。

            見分け方   モウソウチクは
                       (1)節に1個の環が出る
                       (2)枝の第1節は中空であることで見分けがつきます。
                     マダケは
                       (1)節に2個の環がでる
                       (2)枝の第1節は中空であることで見分けがつきます。


                                



                       




                    


   ● 雑木林


                      



   ● 恒春園の名の起り
       住居の雅名が欲しくなったので、私の「新春」が出た大正7年に恒春園と命名しました。
       台湾の南端に恒春と云ふ地名があります。
       其恒春に私共の農園があるといふ評判がある時立って其処に人を使ふてくれぬかとある人から頼ま
       れた事があります。
       思いも開けない事でしたが、縁喜が好いので、一つは「永久に若い」意味をこめて、台湾ならぬ粕谷
       の私共の住居を恒春園と名づけたのであります。
                 「みみずのたはことより」 (原文のまま)


               




   



           




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                               ● (入口へ) ●

     

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