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<< 香積台−→百軒廊下−→大僧堂−→鐘鼓楼−→放光堂−→興林門−→北部玉兔門−→ −→北部金鶏門−→大祖堂−→侍局−→紫雲臺−→待鳳館−→香積台へ >> ● 諸堂拝観は、香積台(こうしゃくだい 総受付)からはじまります。 諸堂内を修行僧の説明を聞きながら、一周約1時間で拝観することができます。 受付で予約することができます。 * (香積台) ● 百軒廊下(金鶏門・中雀門・玉兔門を通過)を進みます。 ● 大僧堂(だいそうどう)へ。 昭和8年完成。 修行僧のみが生活している根本修行道場です。 朝夕の座禅、食事、睡眠が毎日規則正しく行われています。 正面玄関の「選佛場」扁額は、独住第3世西有穆山禅師の書。 また、露地の扁額「雲堂」は、独住第7世・秋野孝道禅師の書で、僧堂のそれぞれ龍象が歩んだ 道を物語っています。 ● 鐘鼓楼(しょうくろう) 鐘鼓楼は放光堂から衆寮に通じる回廊の中にあります。 禅門の行・住・坐・臥、日常生活の合図は、すべて言葉ではなく梵鐘、木版、雲版、太鼓などの打 楽器群の合奏によって、全山に休まず有時を刻み、報知されます。 ● 放光堂へ向かいます。 ● 放光堂(ほうこうどう) 山形県鶴岡市よりの移築で明治44年(1911)11月5日落成し、最初に法要が厳修された記念すべ き建物です。 この堂宇は安政年間に山形・鶴岡の総穏寺本堂として建立されましたが、總持寺移転に際して特 別に献納された由緒があり、当時は、大祖堂として中心的な役割を果たしました。 現在は全国檀信徒の永代供養のご位牌を祀り、日夜回向しています。 ● 大祖堂に向かいます。 廊下を進み、「北部玉兔門」を過ぎると、左側に「御霊殿」がみえます。 「北部金鶏門」を過ぎると「大祖堂」への階段に。 * (北部玉兔門) * (御霊殿/左側)・・・(北部金鶏門)・・・(大祖堂への階段) ● 大祖堂(だいそどう) 大祖堂は、一般的にいわれる開山堂と法堂を兼ねた本堂客殿です。 昭和40年完成。御開山瑩山禅師始め歴代の祖師がたをお祀りしています。 千畳敷の内中外陣と、982坪の地下室を有し、瓦葺形の銅版屋根は53トンに及びます。 貫首禅師演法の大道場のみならず、諸種法要修行の場とされます。 ● 階段をくだり突き当たり左側には「侍局」があります。 侍局(じきょく) 禅師のお住まいです。 跳龍(ちょうりゅう)室は上間・下間とがあり、ご来山の人々と親しく相見する部屋です。 正面扁額「跳龍室」は独住21世梅田信隆禅師の筆。 対面には副島種臣筆の書額「泰山北斗(仰ぎ尊ばれるものの喩え)」が彩りを添えています。 * (右画像/侍局) ● 右折すると「紫雲臺」が見えてきます。 紫雲臺(しうんたい) 大正4年完成。 総檜造りの大書院で、襖は華麗な日本画で彩られています。 禅師さまが、宗門の僧侶、全国の檀信徒と親しく相見する大書院です。 紫雲臺とは、禅師の尊称にもなっています。 正面玄関の「紫雲臺」扁額は、独住第3世西有穆山禅師の書です。 * (通路右側) * (通路左側) ● 「待鳳館」方面へ ● 待鳳館(たいほうかん) 本山の迎賓館と呼ばれる建物 尾張徳川家の旧書院を東京千駄ヶ谷から移築 客間大小15室 葵の間その他に昔日の面影を止める 唐破風造 玄関付総桧造梁間16間半 桁行7間 昭和32年10月落成 * (外側より) ● 諸堂拝観出発場所の「香積台」へ向かいます。 (画像をクリックすると、大きくなります) ● (入口へ) ● |