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<< 菱和殿−→さざれ石−→古札返納所−→お祓い所−→社務所−→ −→姫の井戸のお水−→武田水琴窟−→甲陽武能殿−→榎天神社 >> ● 菱和殿 お宮参り、車のお祓い、厄除け、商売繁昌、家内安全、必勝祈願等のご祈願をご予約無しでうける ことができます。 菱和殿には渡辺隆次画伯揮亳による総数120枚(内、4枚は「風」「林」「火」「山」の文字、2枚は「日 輪」「月輪」と称する花菱の武田神社御神紋)の天井画が納められています。 甲斐八珍果をはじめとして、県内の草木禽獣や茸が画題として描かれ、甲州の博物誌的な趣を醸し 出しています。 ● さざれ石 武田神社御創建百年記念 平成24年6月吉日 奉納 甲府市大手2丁目 総代 数野三郎 国歌「君が代」 君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで 「さざれ石」解説 このさざれ石は岐阜県揖斐川町(旧揖斐郡春日村笹叉)産です。 平安時代、文徳天皇の皇子惟喬親王(これたかしんのう)に仕えた藤原朝臣石位左衛門が伊吹山中 春日村の谷間の渓流にあるさざれ石の巨岩(現岐阜県天然記念物)を見て皇子たちを偲び、弥栄を祈 って詠んだ。 わが君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで 古今和歌集に載るこの歌を元歌として、国歌「君が代」は出来上がったと言われています。 昭和36年、昭和の石聖と呼ばれた小林宗一氏により発見され、これにより岐阜県揖斐川町(旧揖斐 郡春日村笹叉)は国歌発祥の地と言われています。 大きなものでは皇居、明治神宮、伊勢の内宮、外宮などにそれぞれ約3トンの巨石が奉納されてい ます。 この石は約4トン弱あり数少なく大変貴重なもので石の姿形から宮司により「亀石」と命名されました ● 古札返納所 ● お祓い所 ● 社務所 ● 姫の井戸のお水 この水は境内「姫の井戸」のお水です。 「姫の井戸」は躑躅ヶ崎屋形の内でも其の生活の中心となる場所に有り、一説によると信玄公の御 息女誕生の折、産湯に使用した事に因り「姫の井戸」と名付けられたと云い、また「茶之湯の井戸」と も言われ、この井戸より発見された茶釜等の品々が現在宝物殿に展示されており、当時の生活を推 測する貴重な資料であるとともに、この茶釜は勝頼公(信玄公継嗣)が京よりの客をもてなす茶会の折 使用した茶釜とも云われており、屋形内で茶を点てるときにはこの井戸の水を用いたと伝えられてお ります。 武田神社々務所 お水取りはこちら お水取りの皆様へ 家内安全・商売繁盛・身体健勝などのご祈願は、随時(午前9時から午後4時まで)承っております ので、菱和殿の受付にお申し出下さい。 ● 武田水琴窟 土中に底に小さな穴をあけたカメを埋め、そこにわずかな水を流す。 水はその穴から水滴となって落ち、カメの中で反響し、琴の音にも似た澄んだ音色を地中に響かせる 一つの音文化の極致である。 江戸期、文化文政の時代に庭師によって考案されてこの技術は、茶室のつくばいや庭先の手水鉢に 設けられ、数奇者たちい愛でられた。 昨今は「癒し」の音として注目を集めております。 竹筒に耳をつけてお聞きください。 鉢の水はけっしてかき出さないでください。 武田神社社務所 ● 甲陽武能殿(こうようぶのうでん) 武田神社ご鎮座900年の佳節を、平成21年(2009)に迎えるにあたり、記念事業として能舞台様式の 神楽殿「甲陽武能殿」をご造営致しました。 毎年春には「武田の杜 薪能」を上演致しており、篝火の炎に照らし出された舞台において、境内の 静寂と伝統芸能が融合して描き出される美の世界を、武田信玄公に上覧戴くと共に、多くの皆様に ご堪能戴いております。 (パンフレットより) ● 榎天神社 学問の神様、菅原道真をお祀りしています。 榎(えのき)は縁の木とも呼ばれ、縁結びの御利益があるとされます。 この榎(えのき)は武田神社の御神木になっています。 (画像をクリックすると、大きくなります) ● (入口へ) ● |