(1)表門→白州 |
(3)代官居間→名主詰所 |
(5)野外展示物(C) |
● 世田谷代官屋敷(東京都指定史跡) 所在地 世田谷区世田谷1-29-18 指定 昭和27年11月3日 旧史跡指定 昭和34年2月21日 史跡指定 江戸時代のはじめ、大場氏は彦根藩井伊家領世田谷(2,300石余)の代官職を務め、明治維新に 至るまで世襲していました。 この屋敷地はその代官役所として使用した居宅を含む屋敷跡です。 大場氏は中世に世田谷城主であった吉良家の重臣でしたが、天正18年(1590)の豊臣秀吉によ る小田原攻めにより、北条方についた主家吉良が没落すると、世田谷新宿(上町)に留まり帰農し ていました。 寛永10年(1633)、井伊家が世田谷領15箇村(後に20箇村)を拝領した際に代官に起用されました 以後、明治4年(1871)の廃藩置県に至るまで代官職を継ぎ、領内を統治してきました。 屋敷は江戸中期の建築であり、代官所の中心である母屋は約70坪(約231.4u)、萱葺きの寄棟 造りで、萱葺きの表門、土蔵、白洲跡などの一部が今も現存し、往時の代官屋敷の面影を伝えて います。 平成22年3月 建設 東京都教育委員会 ● 大場家住宅(重要文化財) この住宅は、大場家7代六兵衛盛政が元文2年(1737)と宝暦3年(1753)の2度にわたる工事によって 完成したものであります。 大場家は、元文4年(1739)から幕末まで彦根藩世田谷領の代官職を世襲したのでその役宅としても 使用されていました。 江戸中期上層民家の遺構をよく保存する建物として、主屋及び表門の2棟が、昭和53年1月21日国 の重要文化財に指定されました。 (左/表門)・・(中/白洲通用門)・・(右/白洲)) (左/主屋)・・(右/式台玄関) (土間) (左/役所の間)・・(中/役所次の間)・・(右/板の間)) (左/代官居間)・・(中/切腹の間)・・(右/名主詰め所)) (左/二階座敷)・・(中/二階座敷・・庭園から)・・(右/廊下)) ● 庭側から ● 案内コース (1) 表門−→門衛所−→タブノキ−→表門 内側−→白洲通用門(中門)−→ →白洲−→主屋(役所の間 次の間)外側から−→世田谷区立郷土資料館→ −→くすのき−→主屋(庭方面から)−→井戸 (2) 式台玄関−→土間−→板の間−→役所の間−→役所次の間 (3) 代官居間−→切腹の間−→名主詰所−→2階 座敷−→廊下−→庭側から (4) 野外展示物(D) 板碑・・山吉講富士登拝記念碑・・道標−→世田谷区立郷土資料館→ −→野外展示物 (C) 庚申塔・・標石・・供養塔・・供養塔・・供養塔 (5) 野外展示物(C) 庚申塔・・狐の石造・・地蔵菩薩立像・・三界萬霊塔・・摺臼と搗臼・麦打ちコロ ************************************** ● 一般公開日 午前9時〜午後5時 座敷公開日 令和6年4月16日(火曜日)から7月21日(日曜日) 午後1時〜午後4時 * 座敷公開時間外の場合は、土間から建物の見学が可能です。 ● 休館日 毎週月曜日、祝日(月曜日が祝日の場合はその翌日も)、年末年始(12月29日から1月3日) ● アクセス 電車の場合 東急世田谷線 世田谷駅または上町(かみまち)駅 上町駅から徒歩5分 バスの場合 東急バス・小田急バス/世田谷駅前・上町停留所 ● 近くに 九品仏浄真寺・・・松蔭神社・・・等々力不動尊 があります ● (画像をクリックすると大きくなります) ● (ホームへ) ● |